2月17日に「受験後の保護者」の皆様から事前と当日に頂きました質問に、
安浪・富田・金子がお答えしました。
本日は「結果を受け止められない」その1をお届けします。
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〇1個目 面接が体調不良で結果を出せなかった
6年9月に息子の心が卵のように割れかけていると訴えてきたと相談させて頂き、9月にグノーブルを辞めて個別指導と家庭教師でここまできました。
6年の5月以降直前期まで何度も受験はもう無理かもしれないということがありましたが、その度に中学受験カフェやvoicyで相談させていただき、ここまでくることが出来ました。
息子は受験当日志望校の門をくぐることが出来ましたが、その結果に苦しんでいます。
息子は2/1普通部、2/2SFCと中大横浜、2/3に青山学院を受験しました。
普通部は終わった直後から、国語が出来なかった。
ギリギリ受かってるか、ギリギリ落ちているかのどっちかだと思うと言っていました。
SFCは終わった直後に絶対受かっている。
算数は86点以上、理社は42点から46点、国語は7割は超えてると思うと言い、とても清々しいいい顔をしていました。
同日の中大横浜も大丈夫と。2/3の青学は過去問10年分やり、8年分は合格最低点を大きく超えていたので、自信を持って試験会場に入っていきましたが、1時間目が終わった後嘔吐し、2時間目の算数は別室で解きましたが、その後も嘔吐が止まらず、続けるのは無理という判断になりました。
その後病院に直行しましたが、幸いなことに、コロナやインフル、胃腸炎、風邪などウィルス性のものではなく、緊張からくる消化不良の診断でした。
SFCが一次受かったので、4日は体育実技と面接でした。
息子は今までにないくらい緊張し、第一声は震えていました。
完全に空気にのまれていました。
まわりの子たちは、相当練習してきたのがわかるくらい、大きな声でハキハキしていました。
息子は2次不合格でした。
結果が出てから息子の様子がおかしいです。
なぜ面接のあのとき、もっと大きな声を出せなかったのか、もっとうまく話せていればとずっと悔いています。
学力はクリア出来ているのに、なぜ第4志望の学校にいかなければならないのか。
僕の何がいけなかったのかとずっと悔いています。
青学を受けれたかったことも悔いています。
自己肯定感は下がり自分を否定します。
中学受験をしなければよかったとも言っています。
息子のように、面接や体調不良で結果が出せなかったとき、どのように気持ちを導いてあげたらいいでしょうか。
結果や偏差値がすべてじゃない努力した過程に意味があると伝えても、今の息子には全く響きません。
〇2個目 熱望校が全て不合格で、不本意な学校に進学
我が子は6年の偏差値はN58から52を行き来してましたが、N50偏差値の3校を熱望し、偏差値的にも過去問の仕上がり的にも塾の先生からは大丈夫でしょうと言われて受験日を迎えました。
それぞれ複数回受験をしましたが全て不合格となってしまい、見学したこともないとりあえず受けた偏差値40台の学校に進学することになりました。
どうしても受かりたい!という一心で親から見ても本当によく勉強していました。
その姿を思い出すと涙か溢れてきて止まらなくなります。
ご縁があるところに呼ばれたのだと頭ではわかってはいるのですが、、、
いつまでもクヨクヨする自分にも呆れてます。
進学先を知っているはずのママ友が皆、お気の毒様のような扱いで、誰も受験の話題をしてきません。
そんな事をいちいち気にするような自分ではなかったはずなのに、、、と自己嫌悪です。
今日でこんな気持ちを手放して前に進みたいので、先生方何かアドバイスを宜しくお願い致します。