入試がすべて終わり、進学先も決まり、日常は少しずつ落ち着いてきました。
娘は前を向いて新生活の準備をしている一方で、私の気持ちはどこか置き場が見つからないまま時間だけが過ぎているように感じています。
悲しさや後悔というほど強い感情ではないのに、ふとした瞬間に受験の場面に思考が戻ってしまい、その理由が自分でも分かりません。
Voicyで、1月の前受けの結果を受け止めきれずに質問させていただいた、あんこです。
第一の熱望校には1回目.2回目ともに届かず不合格でした。
第二志望以上に強く望んでいた学校だったため、1月の直前期はその学校対策に全てを振り切り、4科目にわたり徹底的に対策を行いました。
量も質も、これ以上はないと思えるところまでやり切った実感がありました。
本人が少しずつ自信をつけていく姿を見て、正直に言えば、私自身も期待してしまっていたのだと思います。
1月の前受けは不合格でしたが、この直前期でここまで穴埋めができたと本人は前向きに切り替え、2月の本番に向かっていきました。
1回目の鷗友の算数は難しく苦戦していましたが、1日午前午後、2日午前午後と試験を重ねる中で表情が変わり、できた、いけたという言葉が増えていきました。
鷗友2回目では、全てを出し切った、算数は素直で簡単だった、苦手な理科もできたと話しており、結果とは別のところでの達成感を感じているようでした。
午後受験校の合格もあり、精神的にも安定した状態で臨めていたと思います。
個別指導をつけ、SAPIXの先生方からも過去問指導など手厚く見ていただき、学力が伸びている実感がありました。
その分、もしかしたらという思いを完全には手放しきれていなかったのだと思います。
結果は不合格でした。
一方で、前受けの不合格を強く悔しがっていた本人は、2月4日にリベンジしたいと最後まで受験し、最高得点で合格しました。
進学先は自宅から近い第3志望校になりますが、本人はこれでよかったと、すでに前を向いています。
その姿を見てほっとする一方で、なぜか私の中だけ時間が止まっているような感覚があります。
頭ではこれ以上はないほどやった、結果は受け入れるしかないと分かっているのに、何が足りなかったのか、別の選択はなかったのかと考えてしまいます。
この感情は、娘が進学先で楽しそうに過ごす姿を見ることで、少しずつ自然にほどけていくものなのでしょうか。
それとも、親である私自身が意識的に区切りをつける必要があるものなのでしょうか。
同じように伴走してきた親の立場として、この気持ちとどう折り合いをつけていけばよいのか、考え方のヒントをいただけたらありがたいです。
2月10日に「受験後の保護者」の皆様から事前と当日に頂きました質問に、
安浪・富田・金子がお答えしました。
本日はその1をお届けします。
1個目の質問の答えは、有料会員でない皆様にもご覧いただけます。
〇1個目 やり切ったはずなのに気持ちの昇華が出来ていない
入試がすべて終わり、進学先も決まり、日常は少しずつ落ち着いてきました。
娘は前を向いて新生活の準備をしている一方で、私の気持ちはどこか置き場が見つからないまま時間だけが過ぎているように感じています。
悲しさや後悔というほど強い感情ではないのに、ふとした瞬間に受験の場面に思考が戻ってしまい、その理由が自分でも分かりません。
Voicyで、1月の前受けの結果を受け止めきれずに質問させていただいた、あんこです。
第一の熱望校には1回目.2回目ともに届かず不合格でした。
第二志望以上に強く望んでいた学校だったため、1月の直前期はその学校対策に全てを振り切り、4科目にわたり徹底的に対策を行いました。
量も質も、これ以上はないと思えるところまでやり切った実感がありました。
本人が少しずつ自信をつけていく姿を見て、正直に言えば、私自身も期待してしまっていたのだと思います。
1月の前受けは不合格でしたが、この直前期でここまで穴埋めができたと本人は前向きに切り替え、2月の本番に向かっていきました。
1回目の鷗友の算数は難しく苦戦していましたが、1日午前午後、2日午前午後と試験を重ねる中で表情が変わり、できた、いけたという言葉が増えていきました。
鷗友2回目では、全てを出し切った、算数は素直で簡単だった、苦手な理科もできたと話しており、結果とは別のところでの達成感を感じているようでした。
午後受験校の合格もあり、精神的にも安定した状態で臨めていたと思います。
個別指導をつけ、SAPIXの先生方からも過去問指導など手厚く見ていただき、学力が伸びている実感がありました。
その分、もしかしたらという思いを完全には手放しきれていなかったのだと思います。
結果は不合格でした。
一方で、前受けの不合格を強く悔しがっていた本人は、2月4日にリベンジしたいと最後まで受験し、最高得点で合格しました。
進学先は自宅から近い第3志望校になりますが、本人はこれでよかったと、すでに前を向いています。
その姿を見てほっとする一方で、なぜか私の中だけ時間が止まっているような感覚があります。
頭ではこれ以上はないほどやった、結果は受け入れるしかないと分かっているのに、何が足りなかったのか、別の選択はなかったのかと考えてしまいます。
この感情は、娘が進学先で楽しそうに過ごす姿を見ることで、少しずつ自然にほどけていくものなのでしょうか。
それとも、親である私自身が意識的に区切りをつける必要があるものなのでしょうか。
同じように伴走してきた親の立場として、この気持ちとどう折り合いをつけていけばよいのか、考え方のヒントをいただけたらありがたいです。
〇2個目 複数回受験とは
2月1日午前の熱望校を落としました。
あんなに過去問をやりこんだのに、算数は傾向と違う問題、国語はやたら難解な物語。
それでも受かっている子はいるのだから息子の力が及ばなかっただけなのですが。
その後計4回受けましたが合格はもらえませんでした。
各回の上澄をすくうだけの複数回受験てなんなのでしょうか?
最後まで受け続ける一方、急にやりたい部活があることから決めた大学付属になんとか受かり進学しますが、4月に共学化の新しい学校で、男子校を目指していたのに全く考えていなかった大学付属だし不安だらけです。
〇3個目 第一志望を変更させた方が良かったのだろうか、考えてしまいます
以前こちらでご相談させて頂きました。
第一志望の神戸大附属、神女にはご縁を頂けず、安全校3校(こちらは全て合格を頂けました)うちの一校に行くことになりました。
元々第一志望はC〜E判定で覚悟はしていましたし、併願校は全ての学校に足を運んで距離や雰囲気など、納得して決めた学校です。
しかし、いざ結果を目の当たりにした時、「どうせ落ちるんだったら違う学校を受ければよかった…」という本人の言葉。
進学する学校が偏差値が持ち偏差値より8程度低いため、蓋を開けてみれば、塾クラスの下の子が、自分より偏差値が上の学校に行く事実が受け入れられなかったようです。
つまり本人は行く行かないは関係なくて、少しでも偏差値の高い学校に受かって、すごいと思われる自分が欲しかったようなのです。
偏差値的に合う学校(須磨、雲雀丘、関学など)は、遠方だったり雰囲気が違う気がするね、と念の為事前に確認もしていました。
ですが、塾の先生が仰ったように、秋の模試で判定が厳しかった場合、神女は厳しいから、統一日は違う学校に変更しない?など親も本人に勧めた方が良かったのだろうか、と悶々としています。
受験前は、第一志望を取り上げることはよくないように思っていましたが、12歳の子にそれが本当に良かったのだろうかと今になって考えてしまいます。
(近しいお友達が、直前に志望校を変更して合格を頂いたのも影響しているようです)
本人は第一志望にチャレンジできて良かったと言う日もありますし、(多分チャレンジしてなければ、「受けたら受かったかもしれないのに」と一生恨み節を言われそうな気はします)色々ネガティブな事を言ってはいても、冷静に考えれば納得した様子です。
でも私が娘に上記の言葉を投げかけられたことから、引きずってしまっています。
入塾した頃は、そこまで高みを目指してなく、塾で上のクラスに入ってしまい、難関特訓を勧められるうちに本人も難関学校に惹かれ目指すことになり、頑張って目指したけれど結局ダメだったという結果で…最初からそんなところを目指してなければ、こんなに傷つかなかったのにな、と思ったりしてしまいます。
全て結果論、なのですが、おおかた予想通りの結果になったのに、想像以上に落胆してしまう気持ちを整理したくて、書かせていただきました。聞いていただきありがとうございました。
以下、有料会員様向けの全編動画です。